ブレない軸を持つ事

日常ログ

ブレない軸を持つ事

 

【もるとねっと】の投稿は暫くぶりですね。
こちらを読んでくださった方にだけ、何故ブログ投稿が滞っていたか説明します。

 

 

結論から言いますと、自身のブレない軸が揺れ動いてしまっていたからです。

 

最後まで読んで頂けると、ブレない軸、コアを持つ事の重要性が分かって頂けると思います。

 

多忙の中で、日々暮らしている方。
充実感から少し離れてしまい、自身に落ち目を感じる(虚無感など)方は参考となるかもしれません。

 

 

目次

【体験】虚無に陥った

 

またまた、虚無に陥ってしまった。

理由は至って単純で、自身の負の特性が浮き彫りに。

 

生まれつき、育った環境から、私の脳は心理をコントロールするように作られていない。
但し、理性は人並みにあると自覚しているが。

 

常に、虚無との闘いが付きまとっている人生で、もはや虚無に気付かない時もあるくらい。

ブログ投稿、YouTube投稿、動画作成など、楽しいと実感しながら作業している時もあれば、辛いと感じる事も多々ある。

 

 

そんな中、自身の特性を忘れてしまうと、虚無と喪失感に侵されてしまうのだ。

 

鬱という言葉もあるが、私の場合は鬱ではない。
特性】なのだ。

 

良い言い方をすれば、個性。
悪い言い方をすれば、性格。

 

プライベートで抱えている問題解決に動いているのだが、ようやく前進したかと思えば、振りだしに戻される事態に。

振りだしに戻された瞬間に、虚無と喪失感がドッと押し寄せてくる。

この押し寄せる感覚は、人によってはさざ波程度であっても、私の場合は5メートルを越える大きな波で、シッカリ踏ん張っていないと、一気に流されてしまうのだ。

 

 

そして、私のブレるはずのない軸が大きく揺れ動き、日常生活に支障をきたす事に。

 

 

 

 

直面した場合の心理

 

一度流されてしまった時の心理は、深く暗い井戸に落ちた感覚。

周りを見渡しても、ロープも無く、脚を引っ掛ける場所も無い。
つまり、絶望に近い感覚に苛まれる。

 

 

こんな事は、小学生、中学生、高校生、社会人と幾度となく経験してきた。
時には、流された挙句、死に向かう行動をしてしまう程。

自身でも、非常に危険人物として自覚している。

 

*ここで補足。
医師の診断結果では、私の虚無、喪失、絶望の感覚は、鬱でも発達障害でもない。

 

 

 

どのようなケアが必要?

 

 

ここで、仕事や趣味、勉学などに打ち込めればアッサリ問題解決となる。

しかしながら、私の場合は打ち込む猶予すら与えてくれない。

 

 

主夫であるが故に、家事や自身が抱えている仕事も影響が出るほど、身体症状として現れるのだ。

 

ペンが持てなくなり、包丁も持てなくなる。
酷い時は、箸を持つ事も困難な状態。

 

重症なはずなのに、医師が問題無しと診断したならば【病気】としてではなく、【特性】として向き合う必要がある。

 

 

私に必要な事は、ゆとり

敢えて、何もしない。
もはや、後回し。
本来ならばNGとなる判断だが、私の場合はゆとりが解決に導いてくれる。

 

徐々に回復してきたところで、運動、筋トレを実施。
汗を流すことで、自身に貯まった膿も流すのだ。

いつものことながら、この繰り返し。

 

 

自分軸では

 

どんなに虚無、喪失、絶望の狭間に置かれても、必ず自分の軸となるものが助けてくれる。

私の人生は、障害を抱えた子の自立、そして子の人生の手助けで大きく舵を切る事になった。

 

自分軸というものが、いつの間にか子と歩む事になったのだ。

自分軸が、子の成長、子の自立であり、これは唯一誇れる信念。

 

 

最後に

 

ブログやYouTubeなどに携わる大きな理由。

それは、ネット社会に携わって体験しない事には、時代の変化を見落としてしまうからである。

 

 

様々な社会があり、表、裏があれば、表にも、裏にも属さない社会も存在する。

 

不器用な私には、何かをする為に、何かを犠牲にしなければならない。

男である私が主夫という立場にあるのは、自己犠牲の一つ。
そして、この自己犠牲という選択肢、子の成長、子の自立に向けて行動した事が、唯一のブレない自分軸なのだ。

 

 

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