ドリフトが趣味だった過去と無趣味になった現在

車が趣味だった

高校卒業から6ヶ月は、SUV好きでランドクルーザーに乗っていた。

テレビで放送されていたラリー選手権を見て、胸を撃たれるような衝撃を受けた。

ラリー走行の過酷さと、スタッフやメカニックが修理などで泥まみれになっている姿に、涙が出てきたのだ。当時は大きな感動を覚えたのだろう。

以降、偶然にもランドクルーザーを乗っていたことを期に、ラリーや車の事を調べ始める。

そこで、オフロード走行ができる公式コースがある事を知るのだ。

強い好奇心に突き動かされ、車が好きになった。気が付けば車が趣味となっていた。

友人の誘いがきっかけ

車繋がりで仲間もできて、楽しい日々を送っていた夏の夜、高校の友人の誘いで某〇〇山(当時は、峠と呼んでいた)に行った。

何やら、音が響く。キー、キーと。

向かう途中の広場に車を置き、友人に誘われるがまま山を歩いた。そこで、ビリビリと全身に電気が走るような感覚に襲われる。

車が真っすぐに走っていないのだ。キー、キーと音を鳴らしながら、車は横向きに走っている。

ありえない光景に、ただ茫然と立ちすくむ。そこで友人から「ドリフト知ってる?」と話しかけられた。当然知らない私は、ハッキリ答えた。

間近で見ているため、迫力と騒音に頭がボーっとしていた。ただ、ポカンと立ちすくんでいたと記憶している。

 

ハマった

帰宅後は興奮が冷めず、眠る事もできなかった。テレビで見たラリーの感動を上回る勢いで、ワクワクと強い好奇心に襲われた。

それから就寝起床後もワクワクと好奇心で、胸が躍るようだった。

気が付けば、車を入れ替える行動に移したのである。

友人と共に、週末は峠でレッスンするのが習慣となってしまった。

すっかりハマっていた。

交通事故に合う

21歳の冬の夜。会社から帰宅途中の交差点で私は交通事故に合う。(通勤は徒歩と電車)

横断歩道が青になり、左右確認後、車両が居ないことを認識して渡り始めた。

右から急な衝撃とともに、私は宙を舞った。

なんと、トラックの陰から信号無視のバイクが突っ込んできたのだ。

私は意識が飛び、救急車に運ばれた。大腿骨解放骨折、脚の指骨折、全身打撲の怪我を負ったのである。

後遺症は免れないと言われていたが、必死にリハビリをして運動機能も健常レベルまで回復させた。

サーキット

交通事故を期に、安全安心、公式サーキットでドリフト走行する事に決めた。

交通事故の被害は、幸いにも自分だったのだ。自分以外誰も怪我をしていない。

天のお告げだったのだろう。改心せよ、と。

ミニサーキットを運営している地域がある。そこで、ドリフトライフを送った。

 

結婚を期に引退

冴えない私でも、好きになった女性と結婚した。

結婚から暫くはサーキットでドリフト走行を続けていたが、子供ができた事をキッカケに引退した。

結果、無趣味から鬱状態に陥る

以降、趣味と言えるものが見つからず、子育てで時間にゆとりもない日々を過ごした。

充実していると錯覚していた。気付かないところで、自身が崩壊していたのだ。

情緒不安定なのは自覚していた。子育てと仕事に追われる毎日で考える余裕はなかった。

気が付けば、妻との距離が離れていき離婚することになった。

親権は妻に渡した。私は一人途方にくれていたが、転機が訪れ、とある女性と出逢う。現在の妻だ。

自身の立て直しもできたと思っていた。しかし、周期的に情緒不安定と嫌悪感に襲われ、自己崩壊寸前まで落ちた。

自身で立て直す意志はあるので、行動に移しながら安定ラインまで持ち上げた。

維持ができない。安定ラインまで持ち上げる段階で疲れきってしまう。また落ちていった。

反動からか、命を絶つ行為までしてしまう。だが、心のどこかで歯止めが効いていたので、ギリギリ立ち上がった。

それが正に、この記事を書いている瞬間である。

私は無趣味だと心の安定を計れない

趣味は無くても問題ないはずなのだが、どうやら私は心の安定を趣味で補っていたようだ。

無趣味から何か始めても、続かない、関心が湧かない、何をして良いかわからない。

唯一「ブログを、記事を書き続ける」意識だけがハッキリしている。

どうやら、心の安定できる場所を見つけたようだ。

ありがとう

最後まで読んだ方に「ありがとう」の言葉だけ送らせてください。

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