YouTubeチャンネルはコンテンツを絞るのが望ましいが・・・

新たな学びへのステージとして

 

 

久々に日常ログとして投稿。

複数のYouTubeチャンネルを所持しているのだが、学びを目的とした【てるチャン】にて新しい試みを考えている。

 

 

 

動画編集、アップロード、サムネ作成、ライブ配信、配信ソフトの調査、試行などなど。

 

現在の私が行っている裏側を、アップロードしようという試みである。

 

そして、新たな伏線を張る為の日常配信。
他のチャンネルを活かす為、そして1年後、3年後、5年後の変化に繋げる為には避けて通れないターニングポイントなのではないか?

今回の記事では、てるチャンのチャンネル方針と目的の振り返り。
なぜ、学びを目的としているのか?を紹介する記事となります。

 

 

 

目次

YouTubeてるチャンの方針

 

 

チャンネルを立ち上げたのは2017年。
当時はボンヤリした感覚で、趣味であった車を主体とした配信を計画していた。

抱える家庭問題が大きくなってしまい、様々な要因が重なったこともあり、配信を中断。
アップロードした動画も全て削除した。

 

 

新たな転機と共に、2020年から、YouTubeを再開。

決定打となる出来事から、自身の知能レベルを痛感。
新たな学びが必要不可欠と判断したが、学ぶ為のスクール、資料、情報過多により迷走。

 

 

頭で考えて悩む事を苦手とする私は、持病の頭痛が再発。

この時、自分を見失っている事に気付く。
私の性質上、習うより慣れよ、が自分らしさだと。

 

 

全ては行動から。
失敗は学ぶ教材となる。

知らない世界に身を置くことで、自分の不足している知識が何なのか?
考えても始まらない。
配信をしながら、学べば良い。

 

 

実体験をもってプラットフォームの世界を知ることもできる。
ブログ同様にして、YouTubeの配信は学ぶ教材ツールとして活用したい。

 

 

 

 

YouTubeチャンネル【てるチャン】はコチラ

https://www.youtube.com/channel/UCOsF3wf5T8EOGmxxqzsRu8A





なぜ学びを目的としているのか?

 

 

シンプル。

私が、馬、鹿、なのだ。

 

 

中学、高校とまともな学校生活を送っていない。
知能レベルの低いまま社会に身を置いた事で、どんな業種に就いてもスタートラインが遥か手前なのだと気付かされた。

 

個人的な主観で言えば、日本社会で勝ち組とも言える生活を送るには、大学卒業レベルの知識は必須だと痛感している。

 

遅すぎたかもしれない。
しかし、学ぶことは今からでもできる。

 

 

できる事を、あるいはできた事を復習兼ねて動画アップロードして、自身の教材にしたいと考えたのだ。

 

 

 

 

日常を配信する意味は?

 

 

小さな気付きを、後に自分に与える事が出来ると考えている。

私の人生では日記を付ける、メモを書くなどは効果が薄い。

 

 

何かしらのバックヤードがなければ、個人だけでは管理できない。
YouTubeというプラットフォームならば、誰かが反応するかもしれない。
また、反応がなければ、コンテンツ、クオリティが低いなど様々な原因を探るキッカケになる。

 

 

 

 

そして、大きな意味として伏線を張ること。

 

身近にある些細な疑問などをスルーしてきた。
いわゆる、知ったかぶりをする傾向が強く、わかっているようで、わかっていない

 

 

日常に転がっている疑問や、新しい発見をすることで、次に繋がる疑問にぶつかるケースが多い。

雰囲気や、ニュアンスだけわかっても、本質がわかっていなければ意味がない。

 

 

まるっきり個人的な目的ではあるが、日常を配信することで、後の大きな解決に結びつける線引きをしたいのだ。

 

 

 

 

 

コンテンツを絞らない

 

 

このチャンネルでは、コンテンツを絞らない。

自身の人生をプラスに転換させる為の教材であるならば、学校で言う科目を絞ることはナンセンスと考えた。

 

YouTubeというプラットフォームが私の学び教材であるならば、コンテンツを絞る事で制限が掛けられてしまうのは活用しにくい。

他者からの評価を元に、少しずつ方向性を変えていくのが、私に合った手段なのだ。

 

 

 

 

 

実体験をもって本当の理解が得られる

 

 

自身が体験し、失敗や疑問を解決することが、一番の近道だと考えた。
そして、私の経験で得た答えが【実体験をもって本当の理解が得られる

 

 

 

勉強が苦手で、本を読むのも苦手。
理屈で考える知能もない。
会話も下手くそ。
機転も効かない。

私という人間性は、学ぶ事において必要な要素が欠落している。

こういった理由があり、実体験をもって本当の理解が得られるワードが自分に合ったスタイルなのだ。

 

 

 

 

 

コメント