可視光は「網膜が選んだエネルギー帯」──量子光学の視点で”見える”/”見えない”

私たちが「光を見る」という行為は、
物理的には “光子(フォトン)という粒を、目の奥のセンサーが捕まえる” ことです。

ここでは、note記事『光の「見える」と「見えない」──3つの学問から見た「可視/不可視」の要点』のうち、
量子光学の視点:境界を決める『光子のエネルギー』」部分を、もう少し丁寧に分解しておきます。

人間の“見える/見えない”は、光の側ではなく目の側の事情で決まっている──その感覚を掴むのが、このパートの目的です。


光は“波”であると同時に“粒”でもある

物理パーツでは「光=波長を持つ電磁波」として整理しました。
量子光学では、もう一つの側面――光は“粒”としてもふるまう――に注目します。

この粒を光子(フォトン)と呼びます。

  • 波としての光:電場と磁場がなめらかに振動しているイメージ
  • 粒としての光:小さなエネルギーのパケットが、ポンポン飛んでくるイメージ(例:デジタルカメラの画素が光子を受け取る、など)

「どちらが正しいか」ではなく、
状況によってどちらの顔が便利かを使い分けるのが量子光学のスタンスに近い。


光子1個分のエネルギー:E = h c / λ

光子は、それぞれ決まった量のエネルギーを持っています。
その大きさは、波長によって変わります。

波長に対する光子エネルギーの変化を示す図。右に行くほどエネルギーが強くなり、可視光はその中間に位置する。
波長が短くなるほど光子エネルギーが大きくなり、X線やガンマ線では非常に強い“1個あたりのパンチ力”を持つ。

全体像を掴むために、簡潔な式で表すと:

E = h × c / λ

  • E … 光子1個ぶんのエネルギー
  • h … プランク定数(数字は覚えなくてOK)
  • c … 光速(真空中で一定)
  • λ … 波長

ここで大事なのは、

  • 波長が短いほど光子エネルギーは大きくなる
  • 波長が長いほど光子エネルギーは小さくなる

という関係です。

  • X線や紫外線:波長が短い → エネルギーが強い → 物質や細胞を壊しやすい
  • 赤外線や電波:波長が長い → エネルギーが弱い → 1個あたりの“パンチ力”は小さい

この「1個あたりの強さ」が、人間の「見える/見えない」に深く関わってきます。


網膜というセンサーの設計

目の奥、網膜には光受容細胞というセンサーが並んでいます。

  • 錐体細胞:色や明るさを細かく識別する(主に明るい場所)
  • 杆体細胞:暗いところでわずかな光を検出する

それぞれの細胞には、光を受け取る分子レベルのアンテナ(視物質)があり、
光子が当たると、その分子の形が変わり、電気信号のきっかけに。

人間の眼のスペクトル感度曲線。波長に応じて感度が変わり、可視域の中で山を持つ。
人間の眼のスペクトル感度のイメージ図。
可視域の中でも、特定の波長帯で感度が高くなるように設計されている。

ここで重要なのは:

  • 反応できるエネルギーの範囲が決まっている
  • その範囲が、およそ380〜780nmくらいの波長に対応している

という点。

  • あまりにもエネルギーが強すぎる光子(短波長)
    → 分子や細胞そのものを破壊してしまい、センサーとして「壊れる」
  • あまりにもエネルギーが弱すぎる光子(長波長)
    → 分子がほとんど反応してくれず、信号にならない

壊れず、ちゃんと反応してくれて、なおかつ効率良く情報が取れる

このバランスが良い帯域が、 “可視光線” になっている、という見方もできます。


なぜ、このエネルギー帯だけが「見える」のか

量子光学+生物学の視点でまとめると、可視光は:

  1. 光子エネルギーが大きすぎず、小さすぎない
    • 紫外線側に行き過ぎると、細胞レベルでダメージが増える
    • 赤外線・電波側に行き過ぎると、1個あたりのエネルギーが小さくて信号にしづらい
  2. 太陽光スペクトルの中で豊富に含まれている
    • 地上に届く太陽光のピークが、ちょうど可視域付近にある
    • 「よく届く帯域」に感度を合わせた方が、生存戦略として効率が良い
  3. 水や空気をあまり吸収・散乱しすぎない帯域
    • 私たちの世界は水と空気に満ちている
    • その中を遠くまで届きやすい波長に感度を持つと、環境を広く“見る”ことができる
太陽光スペクトルと大気透過率のグラフ。可視光域でエネルギーが高く、大気による吸収も比較的少ない。
太陽光のスペクトルと、大気による吸収のイメージ。
可視域付近は、地上まで比較的よく届く帯域になっている。

このあたりの条件が重なった結果、
人間の網膜は「可視光帯域」に最適化されたセンサーになった、と考えられています。


可視/不可視の境界はどこで決まる?

ここまでをあえて一文にまとめると:

可視光線とは、「人間の網膜というセンサーが、壊れずに、効率よく使える光子エネルギー帯」である。

つまり、

  • 電磁波スペクトル上の「線」ではなく
  • 人間の眼の設計(感度曲線)が引いた境界線

だと捉えられます。

量子光学のポイントは、

  • 同じ電磁波でも、光子エネルギーが違えば“生体への影響”も変わる
  • その結果として「見える/見えない」「安全/危険」の境界が、
    波長×生体側の性質の組み合わせで決まっている

というところにあります。


note記事とのつながり

この記事は、note本編のうち

  • 「量子光学の視点:境界を決める『光子のエネルギー』」

の部分を、数式と生物学的な背景を少し補いながら整理したもの。

続きとして:

  • 「電磁波全体の並びと可視光の立ち位置をもう一度確認したい」
    • → 物理パート(波長とスペクトル)
  • 「見えない帯域をどう道具で“見える化”するかを知りたい」
    • → 光工学パート(計測と技術)

を読んでいくと、

  • 「波としての光」
  • 「粒としての光」
  • 「道具と工学としての光」

の3つの視点が重なり、
note記事『光の「見える」と「見えない」──3つの学問から見た「可視/不可視」の要点』全体像を立体的に掴みやすいと思います。

👇 【光の「見える」と「見えない」──3つの学問から見た「可視/不可視」の要点】

👇 物理パート:【電磁波スペクトル入門──「光=波長」の整理メモ】

👇 光工学パート:【見えない光を道具で検出する──光工学から見た「見える化」】

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