「工程を改善したはずなのに、なぜか結果が安定しない」 「熟練のAさんが測ると合格で、新人のBさんが測ると不合格になる」
もし現場でこのような「不可解な現象」が起きているなら、疑うべきは製造プロセスでも設計図でもなく、「定規(測定システム)」そのものかもしれません。
品質管理の世界において、測定システムの信頼性が低い状態は、目盛りの消えた定規で家を建てるようなものです。その結果、平気で“正解っぽい間違い”が量産され、莫大な手戻りコストと「データが信用できない」という精神的徒労感だけが残ります。
そこで必須となるのが、MSA(測定システム解析)の中核をなす手法、GRR(Gage R&R)です。
この記事では、測定システム(道具+人+手順)の信頼度を科学的に検証する「GRR」について、理論の詰め込みよりも「現場でどう使うか」という実践知を重視して解説します。
1.GRRとは:製品ではなく「測定の目」を検査する
GRR(Gage Repeatability and Reproducibility)は、製品の良し悪しを決める指標ではありません。「その測定値は、意思決定の根拠にできるほど“健康”か?」を判定する、測定システム自体の健康診断です。
測定データに含まれるバラつき(変動)は、実は以下の式で成り立っています。
σ²observed = σ²product + σ²measurement
私たちが知りたいのは「製品のバラつき」ですが、そこには必ず「測定のバラつき」がノイズとして混入します。GRRは、このノイズを以下の2つに分解して可視化します。
- EV(Repeatability:繰り返し性): 「同じ人が、同じ道具で、同じ物を」測った時のブレ。
- =道具の精度や、環境(振動・温度)の揺らぎ
- AV(Reproducibility:再現性): 「測定する人が変わった時」のブレ。
- =測定スキルの差、手順の曖昧さ、クセ
この2つを切り分けることで、「悪いのは道具か? 手順か? 教育か?」をピンポイントで特定できるようになります。
2. まずは体験! GRR Web app
理論を並べるよりも、自身のデータを一度入れてみるのが理解への最短ルートです。 以下のWebアプリは、ブラウザ上で数値を入力するだけで、複雑なGRR計算(ANOVA法/Range法準拠)を自動で行い、測定システムの健全性を判定します。
(※別タブで開いて、記事と見比べながら操作することをおすすめします)

このツールでやること
操作はシンプルです。Excel等のデータをコピペすることも可能です。
- Input:
part(部品番号)、operator(測定者)、trial(回数)、value(測定値)を入力。 - Spec: 必要なら
LSL/USL(規格値)を入力。 - Check: 自動計算される
%SVや%Tolを見て、測定が「使えるか」判断する。
3. 判定基準と用語の解説(AIAG基準と現場のリアル)
GRRの結果画面には多くの統計量が表示されますが、現場の意思決定で見るべきは以下の3点に集約されます。
① %SV(Study Variation):測定器の実力
- 意味: データ全体の変動のうち、「測定のブレ」が何%を占めているか。
- 現場視点: これは「プロセス改善」をする時に重視します。ここが悪いと、製品の改善(バラつき低減)を行っても、測定誤差に埋もれて効果が見えなくなります。
② %Tol(Tolerance):規格に対する厳しさ
- 意味: 製品の規格幅(公差)に対して、測定誤差が何%を食いつぶしているか。
- 現場視点: 「合否判定」をする検査工程ではここが最重要です。これが大きいと、「本当は良品なのにNGにする(生産者リスク)」「不良品なのに出荷してしまう(消費者リスク)」という誤判定が頻発します。
③ ndc(number of distinct categories):分解能
- 意味: その測定システムが、製品の違いを「何段階」に見分けられるか。
- 目安: 「5以上」が必須とされています。
- イメージ: ミリ単位の違いを知りたいのに、センチ単位の定規しか持っていない状態(ndc=1)では、改善活動は不可能です。
判定の目安(AIAG MSAマニュアル準拠)
自動車産業をはじめ、世界の製造業でデファクトスタンダードとなっているAIAG(全米自動車産業協会)の基準は以下の通りです。
| %GRR (%SV または %Tol) | 判定 | アクション |
|---|---|---|
| 10% 未満 | OK | 測定システムは信用できる。そのまま使用可。 |
| 10 〜 30% | 注意 | 用途次第。コストや重要度に応じて改善を検討。 (重要特性でないなら許容される場合もある) |
| 30% 超 | NG | 改善必須。このデータで合否判定や工程能力評価をしてはいけない。 |
Pro Tip: これは厳密な学術基準ではなく、実務上の目安です。「30%を超えたら即停止」ではなく、「このデータの信頼性は低い」と理解した上でどう動くか、が重要です。
4. データが悪い時の「処方箋」:EVとAVの使い分け
「GRRが悪かった」と落ち込む必要はありません。それは「改善ポイントが見つかった」という朗報です。どの数値が悪いかで、打つべき対策は明確です。
ケースA:EV(繰り返し性)が悪い
症状: 同じ人が何度測り直しても値がパラパラ変動する。
- 疑うべき原因:
- 固定不足: ワーク(製品)が動いていないか?(クランプの緩み、座面の汚れ)
- 分解能不足: 10ミクロンを管理したいのに、0.01mm刻みのノギスを使っていないか?
- 環境: プレス機の振動や、エアコンの風が測定器に影響していないか?
- 👉 次のアクション: 治具の作成、より高精度な測定器への変更、除振台の導入。
ケースB:AV(再現性)が悪い
症状: AさんとBさんで、平均値が大きくズレる。
- 疑うべき原因:
- 手順の曖昧さ: 「ゆっくり当てる」「強めに締める」など、感覚的な言葉が作業標準書にないか?
- 視差(パララックス): アナログメーターを読む角度が決まっていない。
- 教育不足: 新人が独自のやり方(自己流)で測定している。
- 👉 次のアクション: 手順書の動画化・写真化、測定の自動化(デジタル出力)、作業認定制度の導入。
5. まとめ:測定は「勘」から「科学」へ
測定システムを整えることは、面倒な手続きではありません。自分たちを取り巻く「不確かさ」に対して、明確な境界線を引くための科学的なアプローチです。
GRRという武器を知っているだけで、「結果が出ないのは、努力不足ではなく、モノサシの問題かもしれない」という冷静な視点を持つことができます。
まずはツールを触って、“測る側のブレ” を数値で体感してみてください。そこから、本当の品質改善が始まります。


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