――「母材×膜材」の相関から紐解く、反付着の設計思想
精密ガラス成形(PGM: Precision Glass Molding)において、コーティングは単なる「表面処理」ではありません。「どの母材に、どの膜材を、どんな中間層を介して載せるか」という組み合わせこそが、金型の寿命とレンズの転写精度を決定づける“製品の個性”となります。
本稿では、数多ある選択肢を整理し、「母材の特性」を起点としたコーティング選定のスタンダードを解説します。
1. PGMにおける主要モールド母材(プラットフォーム)
コーティングの挙動は、その土台となる母材の熱物理的性質に強く依存します。
1-1. WC系(超硬合金:Tungsten Carbide)
- 特徴: PGMにおける「不動の王道材」。高いヤング率と耐熱衝撃性を備え、繰り返しの熱負荷に耐える。
- 技術課題: 結合材(Co:コバルト)の高温域での拡散や酸化。これがガラスとの反応・付着を誘発するため、保護膜による「バリア」が必須。
1-2. Si系(シリコン)・微細転写材
- 特徴: マイクロレンズアレイ(MLA)などの超微細加工が必要なケースで採用される。
- 技術課題: 高温域でガラス成分と極めて反応しやすく、癒着(Sticking)が顕著。炭素系膜による強力な隔離が必要。
1-3. SiC系(炭化ケイ素)
- 特徴: 硬度、耐酸化性、熱伝導率に優れる。
- 技術課題: 難削材であるため、複雑形状への対応には高度な加工技術を要する。
1-4. グラファイト(黒鉛)
- 特徴: 自己潤滑性を持ち、離型性に優れる。安価で加工性も高い。
- 技術課題: 酸化消耗しやすく、表面の平滑性(粗さ)の維持が焦点。耐久性向上のために炭素膜コーティングを施すケースが多い。
2. 3つの「反付着」アプローチ:コーティングカテゴリ別解説
PGM用保護膜は、その機能的役割から大きく3つのカテゴリに分類されます。
(A) 貴金属系(代表:PtIr / 白金イリジウム)
- 思想: 「化学的安定性による遮断」
- 特徴: ガラス成分との化学反応性が極めて低く、高温下でのバリア機能に優れる。
- 実務の勘所: 膜単体ではなく、母材との間に置く「密着層(Cr, Ni等)」を含めた多層システムとして設計する。密着層の質が、膜の剥離寿命を左右する。
(B) カーボン系(代表:DLC / ta-C / グラファイト系)
- 思想: 「物理的な離型性と表面安定」
- 特徴: 低摩擦係数と高い化学的安定性を併せ持つ。特にta-C(四面体状非晶質炭素)は、高温下での硬度維持に優れる。
- 実務の勘所: 非常に薄膜でも効果を発揮するため、ナノ単位の微細転写に向く。ただし、高温・酸素雰囲気下での消失(酸化)温度に留意が必要。
(C) セラミック系(代表:窒化物 / CrAlN等)
- 思想: 「機械的防護と耐酸化」
- 特徴: 硬度が非常に高く、型表面の摩耗や傷を抑える能力が高い。
- 実務の勘所: ガラス種(特に高アルカリガラス等)によっては、界面で化学反応を起こし、反付着性能で貴金属系に劣るケースがある。
3. 代表的な「母材×コーティング」の組み合わせモデル
実務で頻出する、相性の良い組み合わせを整理します。


| 母材 | 推奨コーティング | 主な設計意図 |
| WC(超硬) | PtIr(+密着層) | 王道の重負荷対応。 コバルトの拡散を抑え、条件次第で数千サイクル可能。 |
| WC(超硬) | DLC / ta-C | 離型性重視。 ガラスの貼り付きを抑え、サイクルタイムの短縮や面精度維持を狙う。 |
| Si(シリコン) | ナノカーボン膜 | 超微細転写。 シリコンとガラスの癒着を物理的に隔離し、MLA等の精度を確保。 |
| 黒鉛 | グラファイト系炭素膜 | 表面平滑性の維持。 母材の消耗を抑え、接触面の面粗さを長期間安定させる。 |
4. 結論:選定で迷わないための視点
PGMのコーティング選定において「万能な正解」はありません。しかし、以下のステップで思考を整理すれば、最短で最適解に近づけます。
- 母材の制約を特定する: 加工性重視か、熱サイクル耐久重視か。
- ガラス種との相性(反応性)を見る: フリント系、リン酸系など、ガラス成分に対して化学的バリア(貴金属)が必要か、物理的離型(カーボン)で足りるか。
- 「システム」として捉える: 表面の材料名だけでなく、下地処理と密着層の構成までを金型設計に含める。
最終的には、使用する温度域・雰囲気・プレス圧力によって「勝ち筋」は変化します。まずは「WC×PtIr」または「WC×DLC」という2大標準を軸に、条件を振っていくのが最も効率的なアプローチです。

コメント