レンズ成形の現場では、モールド(成形型)にガラスボール(プリフォーム)を投入し、高周波による熱の上昇でレンズにしていく。
自動化された装置で連続成形を行う過程で、「モールドにくっつく(離型不良)」「レンズが曇る(光学不良)」といった現象が発生する。
これらのトラブルの背景には、型に施されたグラファイトやDLC(Diamond-Like Carbon)といったコーティングの劣化が深く関わっている。
本記事では、「グラファイト/DLCはなぜ効かなくなるのか?」という疑問に対し、そのメカニズムを4つの劣化モードから深堀りしていく。
「効く」とは何か・「効かないとは何か」
まず、コーティングが「効く・効かない」という言葉を、以下の3つの観測軸で定義する。
離型:離れやすい/離れにくい
摩擦:滑りやすい/滑りにくい
光学:透明/曇り・転写乱れ
これらを踏まえて「効く」「効かない」を次の定義として扱う。
効く = 境界(界面)が安定している
効かない = 境界(界面)が時間とともに別の性質へ変質する(酸化・粗化・剥離・拡散)
4つの劣化モード|酸化・粗化・剥離・拡散
グラファイト/DLCが効かなくなる原因は、大きく4つの劣化モードに分解できる。
| 劣化モード | 起きる現象(界面の変化) | 観測軸(優先) | 現場で起こる現象 | 寿命の進み方 |
|---|---|---|---|---|
| 酸化 | 表面性質が変わる | 摩擦 / 離型 | 曇り・抵抗増 | じわり進行 |
| 粗化 | 凸凹・アンカー効果 | 離型 / 光学 | 転写乱れ・引っかかり | じわり進行 ⇒ 途中加速 |
| 剥離 | まだらに膜が切れる | 摩擦 / 離型 | 挙動のバラツキ | 突然起こる |
| 拡散/転移 | 界面が混ざり合う | 光学 / 離型 | 白濁・汚れ残り | 複数要因の重なり |

【劣化原因1】酸化(Oxidation)
学術的な背景
炭素系材料(グラファイトなど)の酸化の本質は、「炭素が酸素と反応してCOやCO₂として失われる(ガス化)」ことにある。これにより、膜の質量減少、多孔化、表面性状の変化が引き起こされる。
工学的な変化と現場現象
酸化によって界面の化学状態が変わると、安定状態から外れ、以下の順序で不具合が連鎖する。
- 摩擦:滑りにくくなる(初期状態)
- 離型:離れにくくなる
- 光学:最終的にレンズが曇る
- トリガー(起点):高温環境および酸素・水蒸気の存在。
- 増幅因子:「温度×滞留時間(熱に晒された総量)」。
【劣化原因2】粗化(Roughening)
学術的背景
表面が理想形状からずれ、表面粗さ(Surface Roughness)が増加する現象。トライボロジーの観点では、粗さが増すほど「アスペリティ(微小な突起)」同士の噛み合いが増え、摩擦・摩耗が増大する。
工学的な変化と現場現象
粗化は「幾何学的な凸凹」の変化であるため、界面に直撃する。
- 離型:アンカー効果(機械的引っ掛かり)により離れにくくなる。
- 摩擦:滑りにくい
- 光学:凸凹がレンズに転写され、曇りや乱れが発生する。
- トリガー(起点):接触の反復による微小摩耗や初期欠陥の成長。
- 増幅因子:局所応力の増大。粗化がさらなる摩耗を呼ぶ悪循環に陥りやすい。
【劣化原因3】剥離(Delamination)
学術的背景
コーティングが基材から物理的に分離する現象。これは層全体が均一に摩耗するのではなく、界面の「き裂」が発生・進展することで起こる。
工学的な変化と現場現象
剥離の最大の特徴は、「不具合が突然、かつ斑(まだら)」に現れる。
- 現象:離型不良や摩擦増大がショットごとにバラつく。
- 光学:局所的なムラとしてレンズに観測される。
- トリガー(起点):界面の弱点(下地処理の不備等)への熱サイクルや局所荷重。
- 増幅因子:温度変動の大きさ(界面疲労の蓄積)。
【劣化原因4】拡散(Diffusion)/転移(Transfer)
学術的背景
- 拡散:原子が熱運動により濃度勾配に従って移動する現象。
- 転移:摺動中にガラス側の成分が型(相手面)へ移り、転移膜を形成する現象。
工学的な変化と現場現象
「AとBの境界」が混ざり合い、「第三の層(反応層・汚れ層)」が形成されることが脅威となる。
- 光学:白濁や汚れ残りとして最も早く表れやすい。
- 離型:ガラスと型が化学的に粘着し、離れなくなる。
- トリガー(起点):高温・長時間保持、およびガラス組成との化学的相性。
- 増幅因子:酸化や粗化が進んでいると、汚れ層がより定着しやすくなる。
劣化モードの相関と対策への視点
これら4つのモードは、独立して起こるだけではなく、互いに連鎖して寿命を縮める。
- 連鎖の例:酸化によって膜が多孔質(スカスカ)になると、強度が低下して「剥離」しやすくなったり、表面が荒れて「粗化」を招く。
- 相乗効果:粗化によって生じた微小な隙間にガラス成分が入り込むと、「転移(汚れ)」がより強固に定着する。
寿命を伸ばすためには、現場で起きている不具合が「どのモードに起因しているか」を特定することが最優先。
- 曇りが主なら:酸化を抑える(低酸素化、温度管理)が効きやすい。
- バラツキや突発不良なら:膜の密着力(剥離体制)や下地処理を見直す。
- 徐々に離型が悪くなるなら:物理的な摩耗(粗化)を抑える摺動設計を検討する。
グラファイト/DLCの「静かな崩壊」を理解することは、単なる不具合対策ではなく、成形プロセスの安定化とコスト削減に直結する重要な技術的基盤である。
まとめ|崩壊は静かに、しかし確実に進む
グラファイト/DLCの劣化は、単一の要因ではなく、4つのモードが複雑に絡み合って進行する。
- 酸化・粗化:じわじわと性能を蝕む「老化」
- 剥離:突然牙をむく「事故」
- 拡散:相手材との相性で決まる「変質」
これらを見極めることが、成形寿命の延長と品質安定化への第一歩となる。


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