変化ログ#3:無意識の呼吸が整える、脳と感情とわたし

変化ログ

無意識の呼吸が整える、脳と感情とわたし

無意識に繰り返される「呼吸」という動作が、なぜこれほどまでに私たちの心身に作用するのか。この記事では、生物学、脳科学、感情調整という3つの視点からその理由を探りながら、「整える」という行為の深みに触れていきます。


はじめに

思考が止まらない、感情が揺さぶられる──そんな日常のなかで、「呼吸」という無意識の行為が、どれほど私たちの心と身体に影響を与えているかを考えたことはありますか?

前回の変化ログでは、“呼吸”という小さな選択が、暴走する思考をどう静めてくれたかを記しました。今回はその続編として、「なぜ呼吸は私たちを整えるのか?」をテーマに、私自身の経験と、科学的根拠の両面から掘り下げていきます。


無意識の呼吸、それは「生きること」の基盤(生物学視点)

生きることは、無意識の繰り返しの中にある。

ある日、思考に飲み込まれそうなとき、ふと深呼吸を繰り返している自分に気づきました。

すると、少しずつ頭のざわめきが静まり、身体が「ここにある」ことを思い出せたのです。

これは単なる精神論ではなく、生理学的に裏付けられた現象です。

呼吸は、延髄にある呼吸中枢によって自律的に制御されており、酸素と二酸化炭素の濃度を絶えず調整する役割を担っています。これは生体恒常性(ホメオスタシス)を維持するうえで最も根本的な機能です。

※この知見は、Standring, S. (Ed.). (2016). Gray’s Anatomy に基づいています。

意識的に呼吸を整えることは、生きる力そのものにアクセスすること。これは、思考より先に「今を生きる」感覚を取り戻すための入口なのです。


脳を鎮める、呼吸というスイッチ(脳科学視点)

騒がしいのは世界ではなく、自分の中の想像だった。

考えが止まらず、心が焦りで支配されているとき。私は、静かな空間で深く息を吸って吐くことに集中します。

すると、不思議なほど思考の嵐がゆるやかになっていきます。

この反応にも、脳科学的な裏づけがあります。

私たちの脳には「デフォルト・モード・ネットワーク(DMN)」と呼ばれる領域があり、これは内省的思考や過去・未来のシミュレーション時に活動します。
DMNの過活動は、自己反芻や不安の増幅と関係しており、思考の暴走の温床ともいえる存在です。
意識的な深呼吸は、副交感神経を優位にし、DMNの活動を一時的に静める効果があります。

※この内容は、Brewer, J. A., et al. (2011) および Zeidan, F., et al. (2010) に基づきます。

つまり、呼吸を意識することは、「今この瞬間」に脳を引き戻し、未来や過去のノイズから距離を置く手段なのです。


感情に静けさを取り戻す(感情との関連視点)

呼吸が整うと、心が言葉になる前にやわらぐ。

深く吸って、長く吐く。ただそれだけの行為が、感情の温度を下げてくれる瞬間があります。

これは心理的な癒しだけでなく、神経科学的にも証明されています。

呼吸によって活性化される副交感神経は、脳の扁桃体の過活動を抑制し、セロトニンやGABAといった神経伝達物質の分泌を促進します。これらは情動の安定に深く関わる物質です。

※この知見は、Porges, S. W. (2011) および Taren, A. A., et al. (2015) に基づきます。

呼吸は、感情を無理やり抑えるのではなく、「整える」作用を持つ。これは、自分の内側に“戻る”ための優しい手段だと私は感じています。


おわりに:呼吸が整えば、「わたし」が整う

思考も感情も、結局は“いまここ”に戻ってくるための遠回りだった。

私たちは、思考によって未来に迷い、感情によって今を乱されながら生きています。

でも、そんなときこそ、呼吸に立ち返ることができる。

呼吸は、私たちに「今、生きている」という確かな感覚を与えてくれる装置です。

無意識に繰り返されているこの動作に、ほんの少し意識を向けるだけで、思考・脳・感情が静かに調律されていく──それは、私の中で起きた確かな変化でした。

次にまた、心が波立つとき。 私はまず、深く息を吸ってみようと思います。


参考文献

  • 📘 Standring, S. (Ed.). (2016). Gray’s Anatomy (41st ed.). Elsevier。
    スタンドリング編『グレイ解剖学 第41版』。延髄にある呼吸中枢とその自律的制御機能について解説。
  • 📘 Brewer, J. A., et al. (2011). Meditation experience is associated with increased cortical thickness. Neuroreport, 22(2), 114–117。
    瞑想経験が脳の皮質厚の増加と関連することを示す研究。呼吸とDMN(デフォルト・モード・ネットワーク)の関係にも関連。
  • 📘 Zeidan, F., et al. (2010). Mindfulness meditation improves cognition. Consciousness and Cognition, 19(2), 597–605。
    短時間のマインドフルネス瞑想トレーニングが認知機能を向上させることを示す研究。
  • 📘 Porges, S. W. (2011). The Polyvagal Theory
    『ポリヴェーガル理論』。副交感神経と情動調整の関係を神経生理学的に論じる。
  • 📘 Taren, A. A., et al. (2015). Mindfulness meditation training alters amygdala connectivity. Social Cognitive and Affective Neuroscience, 10(12), 1758–1768。
    マインドフルネス瞑想が扁桃体の接続性に与える影響を示す研究。

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